私どもは、地域の農産物加工の要請に応えて、昭和 7年4月に創業いたしました。その後、缶詰の創成期、太平洋戦争、みかん缶詰輸出の隆盛期、円の変動相場制移行による輸出の減退期、アジア諸国からの食品輸入、国内製造業の海外移転、バブル崩壊そして近年では米国発金融不況とまさに波乱万丈の時代を経て今日に至っております。
その間に、同業者は減少の一途をたどり、昭和50年初期に250社近くあったものが、実に20分の1以下にまで減少しております。
私どもは、農産物加工の宿命で、その年の原料事情に経営も左右されておりましたが、平成10年に思い切った経営改革を行い、品質第一に、多品種少量生産に舵取り、「適時・適格・適量」をモットーに今日に至っております。
お陰様で、仕入販売ともに信頼ある取引先に恵まれ、平成24年4月に創立80周年を迎える事が出来ました。今後も皆様とともに、品質要求に応えられる適正サイズの経営を進めていく所存でありますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
社名 | 株式会社マルミツサンヨー |
代表者 | 筒井 宣雄 |
本社所在地 | 〒834-0082 福岡県八女市立花町兼松1634 TEL. 0943-37-1131 FAX. 0943-37-1528 |
資本金 | 3800万円 |
創業 | 1932年 |
設立 | 1960年 |
従業員数 | 100名(24年4月現在) |
役員 |
代表取締役社長 筒井 宣雄 常務取締役 永田 成敏 取締役製造部長 鹿田 健介 取締役総務部長 中島 千恵子 取締役 三枝 皓祐 監査役 靏 加津代 |
取引銀行 | ・福岡銀行 ・商工中金 ・農林中金 |
1932年 | 立花町にたけのこ缶詰製造を目的に、当時青果商であった一ノ瀬・筒井両家が共同で丸光缶詰工場を創立する。 | 5.15事件勃発 日本が満州国建国 |
1939年 | 第二次世界大戦開戦 | |
1941年 | 太平洋戦争開戦 | |
1942年 | 戦時の企業合同により福岡県陸産缶詰株式会社 光友工場となる。 | 日本軍がマニラ・シンガポール占領 ミッドウェー海戦を機に敗戦色が強くなる |
1945年 | 太平洋戦争終結。 | |
1950年 | 企業合同を解散し、再び丸光缶詰となる。 | 1,000円札発行 |
1951年 | みかん缶詰の製造を開始する。 | サンフランシスコ講和条約締結 日米安全保障条約締結 日本国憲法発布 |
1953年 | 三井物産を介して、みかん缶詰の輸出を開始する。 | |
1956年 | 黒木町の九州食品の工場を買収し、黒木工場とする。 | |
1960年 | 資本金300万円の株式会社に改組し、丸光缶詰株式会社とする。 初代社長に筒井芳雄就任。 |
ベトナム戦争 タカラが「ダッコちゃん」発売 |
1961年 | 熊本県菊池市に菊池工場を設立する。 たけのこ・みかんなど農産缶詰の全盛期を迎える。 |
|
1964年 | 資本金600万円に増資。 | |
1972年 | 資本金2800万円に増資し、株式会社サンヨー堂と資本提携する。 一ノ瀬弥八、2代目社長に就任。 |
円が変動相場制へ移行し、円高が始まる。 |
1973年 | 兼松缶詰工場を買収し、商品倉庫とする。 | |
1976年 | 排水処理規制を機に、光友・黒木・菊池の3工場を統合して立花町 現在地に工場を新築移転し、丸光サンヨー缶詰株式会社に社名変更 |
ロッキード事件発生 クロネコヤマトの宅急便開始 「およげたいやきくん」がヒット |
1977年 | 資本金3800万円に増資。 レトルト商品の製造を開始する。 |
|
1982年 | 料亭「しらとり」にて創立50周年祝賀会開催。 | この頃から円高を起因とした缶詰会社の倒産が相次ぐ。 また、日本の指導で中国でのたけのこ缶詰生産が始まる。 |
1988年 | 筒井章雄、3代目社長に就任。 松尾運送を買収し、丸光運輸株式会社を設立。 |
消費税3%導入。 昭和天皇崩御。 |
1989年 | イラク戦争勃発。 | |
1990年 | 総合食品加工を目指して、株式会社マルミツサンヨーに社名変更。 | バブル崩壊が始まり、立花町で大水害発生する。 中国では市場主義経済に方向転換し、経済活動が活発化。 ソ連解体。 |
1992年 | 上島珈琲株式会社と業務用缶詰でOEM業務提携。 本社東側の4000坪の土地を買収し、造形を開始する。 |
|
1993年 | 自社製品販売のために営業部を創設し、営業活動を開始。 | |
1994年 | フルーツゼリーの生産を開始する。 熊本県芦北園芸連(現JAあしきた)とゼリーでOEM業務提携。 |
ダイエーに象徴される価格破壊と阪神大震災発生。 |
1995年 | 長崎県果実連(現全農長崎)とゼリーでOEM業務提携。 | 住専問題から金融不安発生。農協合併が進む。 |
1997年 | 熊本県果実連と熊本県産缶詰でOEM業務提携。 レトルトおでんの製造開始。 |
|
1998年 | おでん事業を取引先の問題で撤退。 寿ベーカリー(熊本)にゼリー直販開始。 経営不振から、大幅な経営改革を断行。 |
|
1999年 | レトルト事業で丸協食産、明治屋産業のOEM受託。 | |
2000年 | 丸紅食料経由でグリーンコープに自社製品の納入開始。 | |
2001年 | 株式会社クイーンズ伊勢丹とゼリーでOEM業務提携。 | 輸入牛からBSE問題発生。 |
2002年 | サンヨー堂経由で、三越のテレビショッピングに商品提供開始。 | 景気の低迷でゴルフ場の倒産続出。 |
2003年 | 創立70周年祝賀会開催。 サニーマート(高知)、ヤオコー(埼玉)にゼリー商品の直販開始。 |
|
2004年 | 中国より研修生の受け入れを開始する。 | 温暖化問題がクローズアップされる。 |
2005年 | 靏 繁樹、4代目社長に就任。 2月 熊本果実連の委託にてK&K商品OEM生産開始。 |
|
2006年 | ISO9001の認証取得。 | 食品偽造・中国食品問題が発生し、続いて原油が高騰し世界経済に悪影響を与える。 サブプライムローン問題を機に全世界的な景気低迷期に突入。 |
2007年 | JA八女と提携して、関東青果市場に「ボイルたけのこ」出荷開始。 | |
2009年 | (財)日本缶詰協会より、事業功労者表彰を受ける。 | 民主党政権が誕生。鳩山総理(その後、菅、野田と交替) リーマンショック発生の中、中国の経済発展が顕著となる。 |
2010年 | 年度初めの8月に全社員による全社研修会・親睦会を開始 (以後毎年開催) |
ギリシャの財政破綻から欧州経済が混乱。 |
2011年 | 東北大震災が発生し未曽有の災害。福島県の原発施設が被災。 | |
2012年 | 創立80周年記念祝賀会を割烹「いわい」にて開催。 セルフサービス協会(後のスーパーマーケット協会)賛助会員となる。 スーパーマーケットトレードショウ出展。 |
震災発生により缶詰が見直され、家飲みブームも相まって国分の缶つまシリーズに脚光。 民主党政権から自民党へ政権交代。安倍総理再登板。 |
2013年 | シンガポールの九州食品フェア(3月中旬~4月中旬)にゼリーを出展。 | |
2014年 | 九州旬食館ブランドで通販事業開始。 シンガポールの九州フードフェアに出店。 |
アベノミクス効果で急速に円安進行。 米国のシェールガス増産の影響で原油価格が急落。 |
2015年 | 7月 香港へ九州旬食館ゼリー輸出開始。 | |
2016年 | 1月 タイ・バンコクの展示商談会にゼリー出展。 5月 シンガポールへゼリー輸出開始。 10月 ベトナムより研修生受け入れ開始する。 |
4月 熊本大地震発生、熊本・大分が多大な被災。 |
私どもは、地域社会との共生を目指し、つぎのような地域の活性化活動やこどもたち育成活動に対して、積極的に応援しています。
○八女市駅伝大会
○八朔祭花火大会
○サンタの会(市内保育所のクリスマス)活動
○踊るきたやま夏祭り大会
○白木地区収穫祭
○夢たちばなビレッジバンド演奏会
○夢たちばなマラソン
○「茶のくに・やめ」マラソン大会
○辺春地区民運動会
○市内少年野球・少年剣道大会
○その他、地域団体のコンサート・慰問活動やスポーツ大会